織物・染色

2025.01.25

【米沢】草木染織作家 山岸幸一

冷染技法「寒染紅花」

寒染紅花とは、冬の寒い時期に行う特別な紅花染めの技法で、主に山形県を中心に受け継がれてきた日本の伝統染色です。「寒(かん)」の名の通り、低温環境で染めることで、紅花ならではの繊細で深い色合いを引き出します。

草木染織作家 山岸幸一

山形県米沢市、人里離れた山奥で厳しい自然と向き合いものづくりをされる山岸幸一さん。「水」「風」「太陽」が最高の条件で集う場所を求め、現在の地、赤崩へ。養蚕、糸取り、草木の栽培と染液の抽出、染め、織り、全ての工程を自身で手がけられています。

寒染紅花

山岸氏の代表的な染は『紅花寒染』です。寒中に染める技法は『冷染』『冷やし染め』と呼ばれますが、『寒染(かんぞめ)』は山岸氏が織り上げた織物作品の名称で、冷染技法にて煮染をしない染め方で織り上げた山岸氏の織物にこの名称を付しています。

紅花から紅花餅へ(盛夏)

真夏、満開の紅花の花びらが1~2枚散りはじめる頃、朝露を含んだ紅花の棘が柔らかくなる午前4時頃に摘み始めます。 全て摘み終わると、花びらを小川の流水につけて丁寧に洗う「花洗い」をし、その後水気を切って茣蓙(ござ)の上に花びらを敷き、「花踏み」を開始します。徐々に花びらが発酵して黄色からオレンジ色そして赤に変化していきます。 続いて午前10時頃から「花蒸し」に入ります。手でしごいて何度も揉み続けると午後4時頃には紅花は真っ赤になります。その花を臼に入れ杵で搗く「花搗き」をします。それを丸めてお煎餅状にして、天日でしっかり乾燥させて「紅花餅」を作り、それを半年先の寒染まで大切に保存します。これだけの工程を経ると、生花3キロの紅花が僅か208グラムの紅花餅になります。昔、紅花餅は金と同等とされていたそうです。

染の開始(真冬・2月)

寒の入りと共にいよいよその年の紅花寒染が開始されます。午後6時、真夏に作った紅花餅500グラムほどを木桶に入れて人肌のお湯を注ぎます。このとき「木桶」を使うのは熱の冷め具合が緩やかで色素への刺激も少なく、赤色の抽出がじっくりと進むからだそうです。 木桶の中で、丁寧にお湯をくぐらせながら、ゆっくりと紅花餅を揉みほぐしていきます。次にあかざ灰を入れてゆっくりかき回し、そのまま3時間寝かせておきます。この時お湯が急激に冷めないように木桶の周りを厚い布で包み、徐々に温度が下がるよう細心の注意を払います。3時間後、包んだ布を取りふたを開け、糊をとったガーゼに紅花を入れて丁寧に絞ります。 その作業を山岸氏はほとんど眠らずに午後6時から3時間ごとに午後9時、午前0時、午前3時と4回行います。 午前3時、気温は零下をゆうに下り、全てが寝静まった深夜にいよいよ「紅花寒染」は開始されます。寒中の一番冷えるこの時間帯が、空気も水も澄んでいて、雑菌が少なく、染に適しているのと同時に、山岸氏も無心で作業ができるのだそうです。 まず、紅花の絞り汁に「烏梅」を少量ずつ加えていきます。日本で紅花染に「烏梅」を使うのは「山岸幸一氏」と「染織家 吉岡幸雄氏」のふたりだけです。 染液が綺麗な紅色に変化したところで、舌で酸味を確認し、状態を整えてから、山岸氏は意を決したように新しい糸を取り出しゆっくりと染液に浸けていきます。糸に染液が充分に染み込むとゆっくり引き上げ、空気にあて、糸を繰り、満遍なく糸に空気を含ませた後、また染液に浸し、糸を繰ります。 これを何度か繰り返していくと、最後には不思議なことに赤色がすっかり抜けて、染液は真水のように透明になってゆくのです。 そこで糸を米酢に浸け、その後、流水で満遍なく水酸化させて染めは終わります。ここまでの工程には約5時間を費やし、午前8時過ぎに終わります。途中で前年や前々年に染めた糸も取り出して、一緒に染液に浸けて染め重ねます。 このようにして色の幼い1年生、紅色に少し深みを帯びた2年生、糸にふくらみさえ感じられるようなしっとりと深みのある紅色の3年生の糸がつくられます。3年以上かけて染め重ねた糸は、山岸氏の厳しい目に合格すると、夏頃から機にかけられ着物や帯に作り上げられていきます。

山岸氏の織物作り

『心豊かな貧乏人』と言うのが山岸氏の信条です。富を求めず、いつも糸や染料、そして染料となる植物と会話しながら草木染を仕上げて行きます。 「よく染まった糸は、その迫力に負けてしまい、なかなか使えないことがある。でもそういう糸は何年か寝かしておくと糸の方から『今が使うチャンスだよ! 』と訴えてくるときがある」と言う山岸氏。

『糸に対して気後れ』がなくなった瞬間に、山岸氏はその糸を真正面から見据えて使い始めます。 山岸氏は、いつも「染色に使った植物」や「糸作りに使ったお蚕さん」に心からの感謝の気持ちをわすれません。そんな人柄を表すかのように部屋の一角には「草木供養」と書かれた掛け軸がかかっていました。 山岸氏はこうも言います。「わたしの織物は織りあがった時点で完成ではありません。それを身にまとって下さる人が喜んで着て下さった時にすべての思いがその方に届き初めて完成するのです」と。きっと山岸氏の織物たちは皆様の心に沁み込む何かを残してくれるはずです。

まとめ

山岸幸一氏の草木染織は、自然と真摯に向き合い、時間と手間を惜しまない暮らしそのものから生まれています。夏に摘んだ紅花を半年以上かけて育て、真冬の厳寒の中で染め重ねる「紅花寒染」は、効率や大量生産とは対極にある仕事です。糸や植物、蚕への感謝を忘れず、糸の声に耳を澄ませながら織り上げられる作品は、身にまとう人の喜びによって初めて完成します。山岸氏の織物は、自然と人、人と人とを静かにつなぎ、心に深く沁み込む豊かさを伝えてくれる存在だといえるでしょう。

山岸幸一(やまぎし こういち)
1946年 米沢市生まれ
1973年 山崎青樹氏に師事
1975年 最上川源流 米沢市大字赤崩に工房開設
1980年 伝統工芸新作展初入選 以降入選入賞多数
1990年 NHK番組で紅花寒染が紹介される。伝統工芸新作展日本工芸会賞受賞、日本伝統工芸染織展入選
1992年 「寒染」商標登録
1994年 NHK番組「おはよう日本」で寒染を紹介される
1995年 伝統工芸新作展日本工芸会東日本支部賞受賞
1996年 重要無形文化財保持者北村武資「羅」の伝承者養成研究会参加
1998年 日本工芸会正会員に認定
2000年 日本伝統工芸展奨励賞受賞(文化庁買上)、伝統工芸新作展監審査員
2003年 「春来夢」商標登録(黄金繭色素染)
2006年 新品種登録(農林水産大臣)最上川源流白い紅花「保光」
2010年 テレビ朝日「徹子の部屋」出演
2021年 NHK番組「美の壺‐いのち宿る 草木染め」出演
2023年 第43回 伝統文化ポーラ賞「地域賞」受賞

Chief Brand Officer

Asari

大手コンサルタント企業勤務。その後フリーランス活動を経て、ビクウィースJAPAN(株)CBO就任(最高ブランド責任者)。当社では日本文化の取材・執筆、及びブランディングアドバイザリー活動を担う。女性ならではの観点からブランド創りのサポートを行い、日本文化伝承に尽力している。

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